これほど、多くの日本人の涙が流され、今なお不安な日々が続くという異常な事態に置かれているこの国。
そのなかで、多くの癒しの歌がテレビ、ラジオを通じて紹介され、実際に多くのアーティストたちが番組で生演奏を披露した。宇崎竜童も、震災直後にNHKからのオファーに応え水谷豊とともに書き下ろしの軽快なデュエット曲「人生ロマン派」を生番組で披露したのは記憶に新しい。
今回の宇崎竜童・阿木燿子ゴールデン・コンビによる新曲「涙なんだ」は当初4月のリリース予定だった。多くのレコード各社で3月年度末の発売予定だった主力作品が販売延期、中止を余儀なくされた状況下で、この「涙なんだ」は予定の1カ月遅れというかなり短いタイムラグでリリースされることになった。その背景には、この歌の持つテーマが無関係ではないと思っている。
そもそも、「涙なんだ」」はNHKラジオ第一「ラジオ深夜便」で「深夜便のうた」として4月から6月にかけて番組内で放送されるために作られたオリジナル曲だった。この「深夜便のうた」は平成18年4月から番組企画としてシニア層に楽しんでもらえるようにと、オリジナルで制作した曲もしくは独自に選曲した曲を放送してスタートした番組の目玉コーナーでもある。実は宇崎・阿木のコンビで平成18年1月から3月の「深夜便のうた」として、いしだあゆみの「オアシス」を楽曲提供している。余談だが、平成21年度1月から3月、番組で放送され話題となったペギー葉山の「夜明けのメロディ」(作詞:五木寛之 作曲:弦哲也)は8万枚を超えるセールスを記録、ヒットチャートには出てこない、隠れたヒット曲となっている。
「夫婦、家族、兄弟のあり方というか、日本人が持っていた何か気質といったものなのか、特にある一定以上の年齢の世代にとって、長く一緒に生活を共にしていると、空気のような存在になりがちでしょ。傍にいて当たり前のような存在にね。例えば、10年前に知り合った頃のお互いに対する思いやりや心遣いが、もはやなくても当たり前になってしまった今日この頃に対する、いやそうじゃないんだという戒めというか再認識でもあると思うんですよ」と宇崎氏は言う。
歌詞に描かれている無骨で照れ屋な男と、でも惚れたその男に長年寄り添ってきた女。長い年月の中で風雪に堪え嵐の中で波を乗り越えてきた女は涙を見せまいと気丈に振る舞い、その一方それを気付かずにいた男が、ふと濡れたシーツに気付き女の涙を知る。
♪もういいのさ 我慢しなくて 思い切り泣きなよ 僕の胸は そのためにある あなたを受け止めるため
この歌詞の件(くだり)で、不覚にも思わず涙が止まらなくなってしまった。連日映し出される被災者の人々の涙と気丈に振舞う笑顔が、どうしてもオーバーラップしてしまうのだ。
あえて断りを付け加えると、この「涙なんだ」は震災のチャリティのために作られた曲ではない。ただ、あまりのタイミングと歌の持つテーマが合致しているので、宇崎氏にも質問の内容が集中してしまった事は否めない。その上で、神戸大震災後にチャリティコンサートにも参加した経験のある宇崎氏は「軽々しく出来ないし、発言はできない。何十年という長いタームで考えなくちゃいけないし、やるなら覚悟を決めてやる事が必要だと思う」と言う。
宇崎氏の代表曲に「YOSORO(ヨーソロ)」という曲があるが、その詞に ♪何のために歌い語るのか という件がある。
「これまで、志を持って音楽活動を続けてきたつもり。若い頃は自己顕示と自意識だけでやっていたけど、今は自然な歌作り、こだまのように循環するような。やっと歌作りの原点に立てた気がする」
補足すると、今回のジャケットに書かれているタイトルの「涙なんだ」の文字は、本木雅弘氏が書き下ろした書である。二人の接点は1992年公開の映画「魚からダイオキシン!!」で監督だった宇崎氏とケンジ役に出演したのが本木氏だったという縁。その頃から「なんて綺麗な字を書く人なんだ」と宇崎氏は感激していたのが、今回の題字を依頼するきっかけとなっている。一概に書といってもその芸術性は極めて奥深い。特に目を奪われてしまったのは、文字に浮かぶ滲み(にじ)だ。この滲みの技法は優れた道具(紙、墨、硯、筆など)と丹念な技法に卓越した者でなければ表すことが出来ない非常に難しくこだわりが必要な技法である。恐らく、相当の時間と労力を費やして描かれた渾身の逸品に違いない。是非、ジャケットを手に取り鑑賞していただきたい。
人は、余りの恐怖と悲しみに直面すると感情を失う。恐らく、それは心の防衛本能なのだろう。涙が流れるとき、流すことが出来るようになる時、実は人の心は涙によって癒されている。
堪え難い瞬間に襲われ、なおも不安に打ち震える人々、そして日本人すべてに、本当の安堵と癒しの“うれし涙”が訪れる事を、この「涙なんだ」を聞きながら深く祈っている。
小林泰介